八重山日報コラム
年末、食事が遠のきました。以前から健康上の理由で小食を心がけていたのですが、とうとう食欲が無くなっていくのを感じました。「美味しいものを食べたい」とは思わなくなっていく自分を知ったのですね。しかし、「時間が経てば元に戻るだろう」との思いも有りましたから気にせず過ごしていたのですが、最後の演奏会12月28日(日)の翌日に熱を出し、咳が止まらなくなり、ただひたすら眠りこける日々がやって来ました。こんなこと初めてです。周りは「今年は例年よりもハードスケジュールで当然です!」との反応。そう言われれば確かに創立50周年ということで演奏会も多く、また演奏曲目も大曲が続きました。そのことで身体が悲鳴を上げたのでしょう。しかし、全てのスケジュールを終えて体調を崩す、「さすが當間さん!」と自身に声を掛ける余裕もありました。
【掲載:2026-01-11(日)】
音楽旅歩き 第264回
「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 當間修一
【「欲」を枯らせば人間は乾涸(ひから)びる】
しかしいけません。正月を迎えれば元気を取り戻す筈でしたが、この原稿を書いている今も元気がありません。原稿は書くのですが、音符が読めない!これは一大事です。幸いコンサートはもう少し後になっているのでそれまでには・・・・・・と思いつつ机に向かっています。
何故そんな事になったのかと、回らない頭を使って考えようとするのですが、ある所まで来ると思考が止まる。止めようとする何者かが脳の中に居る。問い詰める!で、解ったのですね。以前の症状と同じ、つまり同じ原因でした。そんな簡単な事、と思いついて解るのですが「そのせいだとは思いたくない!」が強くあったからでしょう。
世の中に期待が持てなくなっている。それは夢が持てない、ということです。原因は、考えれば考えるほど、思えば思うほど「人間に、ほとほと幻滅」なのでしょう。幻滅とは、〈理想視していたものの,現実の姿に気づいて落胆すること。〉と辞書には載っているのですが、どちらかと言えば、〈冷たい現実に返される思いがあって、理想が冷めつつある?〉に近いです。私にとって音楽がエネルギー源であることは変わり有りません。去年1年間を振り返っても決して負の材料が有ったわけではないです。いや寧ろ好転し、観客数も、「クラウドファンディング」も増しています。しかし、それらに拠っても元気が出てこない。つまり、好転を続ける風が吹きそうで実は吹かないのではないか。「社会の良風」として。大国主義が顕著です。覇権が横行する。歴史の逆行が目の前で繰り広げられている。結局のところ人間の黒い部分は無くならずに繰り返される。人間は進化した分野もあるのに、どす黒い部分は進化せずに歩んで来た。未来を明るく照らす夢や希望を振り払うようにそれらが覆い被さっている。人間性を取り戻さねば、です。
「この国に芸術を尊び、謳歌する文化はあるのか」、「人間を尊敬、敬意を表す心(芸術)があるのか」これが不信を抱く私の憂いです。
今年は少し「欲」を持とうと思っています。「訳知り」返上です。もっと貪欲に地球の幸いを叫びましょう!良くなると信じたならば、遠慮せずに申し立てましょう。意見しましょう。実行に向かって生きて行きましょう!