八重山日報コラム
私にはこの国の空気が止まっているように感じます。
【掲載:2026-06-28(日)】
音楽旅歩き 第271回
「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 當間修一
【「全ての人」による「全ての人の幸福」を求めます】
外ではビュービューと風が、暴風が吹き荒れているというのにただ息を潜めてうずくまっている、といった感じです。その中で勢いある人は〈外の風は何のその〉と息巻いているのが妙で、どう見ても言動が浮いています。 でも狭い世の中、その中で「我」が世界の中心だと思っているのでしょう。
「勢いある人」の思いが解りません。皆の意見を聴きます、と言いながら聴く機会を作りません。社会から忘れられている人の方向には目を向けません。「命」を尊んでいるという思いが伝わってきません。尊敬・敬意を持って向き合っているとは思えない発言が増えています(皇位継承の問題はどうしたものでしょう)。
私が住む関西には「勢いある人」と「無関心の人」が多数を占めています。「無関心の人」が「勢いある人」に時には意見を言うならば良いのですが、実際は飲み込まれていっています。ですから変に関西は勢いづいています。テレビのローカル局ではとんでもなく差別的・偏った報道や暴力的な言葉が飛んできます。だれも問題にしてないかのようなのですが、それが公共の電波を使って垂れ流されていると思うと心が沈みます。何故にそのような雰囲気になってしまっているのか本当に真意が解らず悩み続けます。以前は柔らかく、大らかな雰囲気でした。今でもその文化は残っているのだと思うのですが、ここに来て「無責任」というものが加わりました。一般に言われている、人が良く、大らかで人情に厚いという性格は「無責任」と結び付きやすいのでしょう。ですからそういう人たちの事は「憎めない人」としてレッテルを貼って片付けます。
一段と混迷が続く我が国です。これを書いている時、台風第7号、8号が日本列島を襲っています。その上今朝(25日7時30分)は岩手県沖でM6.9の地震が起こりました。一斉に緊急アラーム(緊急地震速報)が鳴ります。大阪ではスマートフォンは鳴りませんでしたがテレビは赤い文字が点滅して鳴りました。以降は特番です。となると何処も彼処も同じ動画や写真が溢れます。真面目に災害についての報道とその対策を考えようとする番組もありましたが、多くは現状報告を繰り返すだけ。必要な情報は伝えられない。レポーターと言われる人たちの憶測も含まれていて、とても危険な気もします。この国は地震国、そして台風の通り道です。これまでの経験が生かされていないような報道の在り方に、今のこの国が抱えている問題を感じます。
全て、自信と誇りの少なさでしょうか。まだまだ一握りの方による研究や対策に頼っている現状。しかしその方々に対する「リスペクト(尊敬・敬意)」が無い。未来に明るさを見出せずにいる理由はそんなところに有るような 気がします。
夢を持てない、希望を持てないなんて「生きる」ではない。「生かしておく」、もっと辛辣に言えば「亡くなるまで放置する」社会なんてダメです。「全ての人」による「全ての人の幸福」を求めます。