[[つれづれ]]
とても長くなってしまいました。読んでいただけるのか不安ですが…
結局、現場の先生からすれば当たり前の意見に落ち着いていますが、参考になれば幸いです。
目次
要約 †
本文 †
導入 †
ここで取り上げる内容は、次の問題の式は何が正しいのか、という話です。
「8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげるには、ぜんぶで何本いるでしょうか。」
この問題に対し「8×6と書いたらバツを付けられた!掛け算の順番は逆になっても結果は一緒だろう」といった議論が、インターネット上でしばしば上がります。
しかし、数学的(ないし算数的)には、この問題に意見の違いはほとんど入りません。
ただし、この問題の背景にある算数の事柄をどう子供たちに正しく簡潔に教えられるか、という点については、議論するべき重要な問題です。
そこで、この問題について数学的・算数的に記述し(しかも抽象的な現代数学の道具を用いて)、そのうえで子供たちにどう教えるか、という観点について簡潔にまとめておこうと思います。
2種類の掛け算 †
もし、以下の記述に違和感を感じられましたら、私の主張の元になっている考えを2点挙げておきましたので、ご覧ください。
算数的記述 †
算数における「掛け算」には2種類あると理解するべきです。ここがスタートです。
- (以下では1つめの掛け算と呼びます)6が8つでいくつ?と考える場合。
つまり、「6+6+6+6+6+6+6+6」や「6を8回足す」ことを6×8と表す。
足している6を「掛けられる数」、足す回数の8を「掛ける数」と言います。
そして、小学2年生における掛け算は、この「1つめの掛け算」です。
- (以下では2つめの掛け算と呼びます)2数の組*1(6,8)の掛け算と考える場合。
たとえば右の黒丸●の個数を求める式は、6×8と8×6のどちらも正解です*2。
そのため、たとえば
- 1つめの掛け算の場合は、6×8と8×6は異なる式です。結果は同じですけれども。
- 2つめの掛け算の場合は、6×8と8×6は同じ式です*3。結果も同じです。
日本語の文章に置き換えれば
- 1つめの掛け算は、「6を8倍する」や「8を6倍する」
- 「6を8倍する」の数式化が6×8、「8を6倍する」の数式化が8×6であり、「6倍する」と「8倍する」では別の操作です。
- 2つめの掛け算は、「6と8を掛ける」や「8と6を掛ける」
- 「6と8を掛ける」の数式化が6×8、「8と6を掛ける」の数式化が8×6ですが、どちらも「掛ける」という同じ操作をしています。主語の並べる順番は違いますが。
「6×8も8×6も同じ答えなんだから、どっちでもいいじゃないか」という意見は、「掛け算とは2つめの掛け算」のことである、という考えにとらわれているからでしょう。
または、「6を8倍する」と「6と8を掛ける」を日本語として使い分ける習慣がないからかもしれません。
数学的記述(大学で抽象的な代数学を学んだ人向けに) †
\( \mathbb{N} \)を自然数の集合としたとき、現代数学の道具を用いて、掛け算は次の2つの方法*4で定義できます*5。
- (1つ目の掛け算の定義に対応)加法の定義された半群\( \mathbb{N} \)へ\( \mathbb{N} \)を右から作用した*6ときの、作用を「掛け算」と定義する*7。
- (2つ目の掛け算の定義に対応)\( \mathbb{N} \)上の演算として直積\( \mathbb{N}^2 \)*8から\( \mathbb{N} \)への写像として「掛け算」を定義する。
1.において「左からの作用」ではなく「右からの作用」を掛け算として定義するべき理由はただ1点、「掛けられる数」「掛ける数」を区別する掛け算においては、記号「×」の後に書く数字のみを「掛ける数」と呼んでいるから、です。これは日本語の文法による要請が原因*9で、日本語圏では右からの作用によってしか定義されていません。
6×8がふさわしい式であることと、8×6にも一理あること †
掛け算が2種類あるという点を押さえた上で、「6×8が正しく、8×6は間違い」という考え(とその是非)について、話を始めたいと思います。
ちなみに、「掛け算の順序については拘らない」という選択肢もあり、これは状況によっては正しいのですが、
ひとまずは「1番目の掛け算」をきちんと指導するという線で話を進めます。
8×6を正しい式とする理由 †
「8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげるには、ぜんぶで何本いるでしょうか。」
という問題文を文字通り*10読めば
- 「1人に6本ずつあげる」ことを、8人に対して行う。
となるから、
- 8×6という式は「8人を6回足す」という意味(後述するような注意書きがなければ)。
つまり、式を計算した結果は48人になって、誤り。
- 6×8という式は「6本を8回足す」という意味。
つまり、式を計算した結果は48本となり、正しい。
これが、「6×8を正しい式」とする根拠になります。もし、これで話が終わりならば。
それでは、8×6は「誤り」なのか? †
実は、8×6を「誤り」と断ずるのは早計です。次のように考えた子は何も間違っていません。
(そして、しばしばそのような小学2年生を見かけます。)
- 8人にペンを(1本ずつ)あげるには8本必要。
- それを6回繰り返せばよい。
- だから、(しき)8×6=48 (答え)48本 になる。
教科書会社の指導書の問題 †
たとえば、某社*11の指導書には、次のようにあります(数字はこの問題に合わせています)。
8×6と立式する子どもには図をかかせ、同じ数のまとまりは8なのか6なのかをしっかりとつかませる。
また、8×6では、8人が6本分になり、答えは子どもの人数となってしまうことをおさえる。
これは、子供が考えうる別解を網羅できていない、不十分な記述であると思います。
子供の「正しい別解」を否定してしまう方向へ、教員を導く危険性があります*12。
それにより「自分の子供が、訳の分からないバツを付けられた!」と感じる親が、
日本中に多く存在しているでしょう。ですから、この点は、すぐにでも改訂されるべきだと私は感じています。
結局は、丸バツで済ませることがダメ †
厳密には、子供が以下のいずれかを書いていれば、別解として非の打ち所のない(しき)でしょう。
- (しき)1本×8人×6回=48本
(答え)48本
- (しき)8人全員に1本ずつあげるには8本必要。
それを6回繰り返して、8本×6回=48本
(答え)48本
- (しき)8回ペンをあげることを、6本分やればよいから8回×6本=48回
結局、48回ペンをあげるから、必要なペンは48本。
(答え)48本
しかし、大学受験を控えた高校生ならまだしも、小学2年生に「記述不十分」を突きつけられるでしょうか?
「8×6という式に無条件でバツを付ける」というやり方は、教育的な配慮が不十分だと言うべきではないでしょうか。
じゃあ、「正しい理解による8×6」は減点せず、「誤った理解による8×6」は減点しない、
そんな指導が可能だろうか?
そう考えると結局、(しき)に書いてある生徒の答案に丸バツを付けるだけ、というやり方自体が不十分なのです。
問題文の不備の可能性 --- 問題を少し変えてみる †
少し横道にそれますが、実は、この問題には「問題文の不備」という可能性があります。
ためしに、問題文をちょっと削ってみましょう。
- (削る前)「8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげるには、ぜんぶで何本いるでしょうか。」
- (削った後)「8人にペンを6本ずつあげるには、ぜんぶで何本いるでしょうか。」
削った後の問題文では
- 「6本ずつを8人分やる」から、6×8=48
- 「8人にペンを(1本ずつ)あげることを6本分やる」から、8×6=48
のどちらも、自然な式の立て方ではないでしょうか。
もし、削った後の問題文で「8×6=48」にバツを付けたとすれば、問題文の不備と言われても仕方ないように、私には思えます。もっともこの点は、多少は意見の相違がありえるでしょう。
議論するべき問題 †
「一番大事」な2点をどう教えるか? †
一番大事なことは、学んでいる子供たちが、以下の2点を理解することではないかと私は思います。
- 6×8とは「6を8回足すこと」または「6+6+6+6+6+6+6+6のこと」
- 「6を8回足した」6×8と、「8を6回足した」8×6は、結果が同じになる。
このことは、どんな数の掛け算でも正しい(平たく言えば、掛け算の交換法則)。
しかも、そこに到達したとき、子供が算数を嫌いになっていないようにして。
たとえば、かわいらしいイラストを使って説明したり、おはじきを用いて子供が手を動かしていくうちに理解が進む仕組みを作ったり。
また最近なら、上記の2点を説明するためのFlash教材や、iOS/Androidアプリを活用する方法も考えられます。
いくつかここにアイデアは書きましたが、私より素晴らしい工夫をされている先生が
日本中にたくさんいらっしゃると思います。
どうやって「正しい8×6」を伸ばし「間違った8×6」を正しく導くか? †
結局、8×6と答えた生徒に対しては、次のような2通りの指導が必要でしょう。
- 「正しい理解による8×6」をした生徒を評価したうえで、「6本×8人=48本」がある意味で自然な解き方だと子供を指導する。
- 「誤った理解による8×6」をした生徒には、もう一度、掛け算の意味を説明して正しい理解に導く。
このような指導はどのようにすれば可能か、それこそ議論するべき内容ではないでしょうjか。
たとえば、次の方法があるでしょう。
- テストを返した後、8×6という答案について授業でフォローする
- そもそも、テストを工夫して*13、「正しい8×6」「間違った8×6」を見分けやすいようにする
- テストで丸バツを付けるのをやめて、授業中に生徒に考えを述べさせる*14ことで正しい理解へ導く
この点についても、素晴らしい実践や研究が、既に沢山なされていることと思います。
「掛けられる数」「掛ける数」の区別は教えないのも一案 †
いろいろ書いてきたことをひっくり返すようですが、
「掛け算は交換可能なんだからどっちから掛けても良いと教える」というのも一案です。
つまり、冒頭の問題に対して、(しき)は「6×8」でも「8×6」でも正解とする。
直後に書くように、「九九の定着」「文章題において足し算と掛け算の使い分け」で苦労している子を、
「掛けられる数」「掛ける数」の区別で苦しめてはいけません。
そう思うと、ややこしいことは抜きにして単純に教えることも、状況に応じてアリでしょう。
そうなると、どの程度なら「掛けられる数」「掛ける数」の区別を教えるか、教えないか、
その線引きは議論に値すると思います。
区別を教える方法が進化すれば、線も移動するでしょう。
「数式」の世界では順序は気にしない †
以上の議論は、「日本語→算数」という、言ってみれば言語の変換を含む問題だから、起こることです。
たとえば、「数式」の計算だけを聞かれた次の答案に対しては、無条件で正解とするべきでしょう。
(問)42×7×5を計算しなさい。
(しき)42×5×7=210×7=1470
(答え)1470
補足 †
「6×8と8×6が違う式」よりも大事なこと(1)〜まずは九九の定着!! †
当たり前ですが、九九がなかなか定着しない小学2年生に「6×8と8×6が違う式」だと説明してはいけません。
その子にとってはまず、九九の定着が最優先です。
「6×8と8×6が違う式」よりも大事なこと(2)〜文章題において「足し算」「掛け算」を使い分ける †
おそらく、九九の定着より難しく、6×8と8×6の区別よりも説明が困難な、小学2年生にとっての課題は
- 文章を読んで、足し算で計算する問題か、掛け算で計算する問題かを正確に判断する
ではないでしょうか。
たとえば、小学1年生の文章題で「増えるときは足し算、減るときは引き算」とだけ理解している子は、文章題における足し算と掛け算の区別がなかなかできません*15。
ここでつまずいている子を正しい理解へ導くのは、本当に難しいです。
この問題について論じるのは本筋から逸れるのでこれ以上は取り上げませんが、
8×6と6×8の区別以上に、多くの先生の工夫と苦労が行われていると私は想像します。
掛け算の順番よりも、この指導方法の方が議論されるべきとは思いますが…議論しづらい内容ですけど。
子供が何を理解していないのか †
結局、掛け算が逆になった原因は以下のパターンが考えられます。
- 正しい別解で考えた
- 式の書き間違い
- かけ算の意味を理解していなかった
- 読解力不足のため
- 文章題で足し算を使うか掛け算を使うかまだ不安
- まだ九九に不安がある
- 単純に、九九が不安で余裕がないケース
- たとえば、6のだんに不安があり8のだんに不安のない子が、6×8を8×6へ無意識で変換してしまうケース
- 問題の不備のため
どうして子供が8×6と書いたのか、正しく判断して子供を指導できれば、と思います。
掛け算の意味を理解していないと何が問題か †
6×8と8×6の区別より大事なことがあるとは書きましたが、やはり、掛け算の意味の理解は大事です。
というのも、割り算の文章題の理解に関わっているからです。
たとえば、小学3年生の文章題を2つ挙げます。
- 「60円を6人で分けました。1人分は何円でしょう?」
- 「60円を持って行きました。10円のチョコを何個買えるでしょう?」
小学3年生をある程度教えた経験のある方はよくご存じでしょうけれど、2.の問題で苦労する子供はたくさんいます。
1.の例は、掛けられる数を求める割り算。?円×6人=60円の?を求めます。
こちらは、算数の苦手な子供も理解しやすいです。
2.の例は、掛ける数を求める割り算。10円×?人=60円の?を求めます。
平たく言えば「60円の中には10円がいくつ含まれるでしょうか」を考える割り算。
こちらのタイプを苦手にする子供は沢山います。
そして、2.の問題を正確に理解するには、「8人×6本=48本」と考えるのが間違っていると理解することが大前提でしょう*16。
そして、この「掛ける数を求める割り算」ができない限り、以降で習う
といった内容が理解できず、小学5年、6年で算数が苦手になってしまう可能性は高くなります*17。
たかが小2の内容、されど小2の内容、やはり基本があってこそ先の学年の内容が理解できるのです。
この記事の元となる観点 †
以上の文章について、私は次の観点から書きました。
- 文章問題から自由に正確に立式できるようになるには、学習者はまず、日本語から数式への「直訳」の能力を身につけるべきである。
- 「8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげるには、ぜんぶで何本いるでしょうか。」という問題は、6×8でも8×6でも答えが出ます。つまり、この日本語に対応する(しき)は、「意訳」すれば6×8でも8×6でも良いわけです。しかし、自由な「意訳」を身につけるには、まず「直訳」を身につけるべき、という観点で私は書きました。
- 1つの日本語の言葉に対し、「直訳」された数式は1種類であった方が良い。
- 「\( A \)に\( B \)を掛ける」という日本語を「直訳」した数式は、実数の世界でも行列の世界でも同じ方が良い、と私は考えています。
そして、行列において「\( A \)に\( B \)を掛ける」と言えば、積\( AB \)のことしか表さないはずです。
- 私と異なる立場として、たとえば、「\( A \)に\( B \)を掛ける」という日本語の「直訳」は、(交換法則が成り立つ)実数ならば「\( A\times B \)」「\( B\times A \)」のどちらでもよく、(交換法則が成り立たない)行列ならば「\( A\times B \)」である、という考え方もあるでしょう。
上記の内容について詳しく知りたい方は、こちらや、それに至るまでの議論をご覧ください。
おわりに †
正直なところ、「たかが小学生の内容」と思って、安易にこの問題を論じない方がよいです。
算数は深いです。小学生が習っていることだから全部分かっていて当然!という認識を持ちたくなりますが、その慢心はたいてい、生徒の無邪気な質問によって簡単に打ち砕かれます。
そこで気合いを入れて書いたために、この記事もこんなに長くなってしまったわけですが…
また、高校生に数学を教えるよりも、小学生に算数を教えるほうがずっと難しいです。低学年になればなるほど、なおのこと。
議論するなら、「この掛け算の順番の指導について、もっと子供にわかりやすく教える方法はないか」という議論がしたいですね。
わかりやすく教える方法を実現するツールの一つとして、私はデジタル教科書の表現力の可能性に期待しているわけですが。まだまだ未知数な部分はありますけどね。
参考文献 †
- 日本数学会編集「数学辞典 第4版」,岩波書店
- この記事の現代数学の用語を用いた記述の、数学的なチェックに使いました。
- 小宮山博仁「「算数」ここさえわかれば、必ず伸びる!」,サンマーク文庫
- 小学の算数について書かれた本で、数年前、小学生を教え始める前に読んで、私はとても参考になりました。結局今回の文章の後半も、この本の内容とだいぶかぶってしまいました。かぶった点のいくつかは注釈で明記しましたが、気づいてない部分があったらすみません。改めて、この本に感謝したいと思います。