13th-noteを開設して2年が経ちました。 何か更新したり、アップをした後に、ポンとアクセス数が伸びると、やはり嬉しく、素直にまた頑張ろうと思います。これからもどうぞよろしくお願いします。
20世紀初頭の大数学者ヒルベルト(1862-1943)による「ヒルベルト問題」(1900)の論文に書かれた、いわば宣言です*1。 19世紀後半、科学に限界はあるかないか、という大論争がドイツで起きました。科学限界説を唱えた生理学者デュ・ボア−レイモンが、著書の中で次のように書きました。
そもそも、ヒルベルトは若い頃、ノートに次のようなメモを残していました*3。
残念ながら、このヒルベルトの夢とも言える壮大な仮定と、それを明らかにする努力は、ゲーデルの不完全性定理によって決定的な打撃を受けて頓挫してしまいます。 しかしそれまでの努力の間に、数学基礎論は発達し、数学の命題を「記号の操作」で行う技術が発達して、現代のコンピューターが登場する下地が生まれました。 そもそも、ヒルベルトは若い頃のノートに、次のようにも書き残しています。
この時のヒルベルトの考えはある意味、現代のコンピューターに結実しているのかもしれません。 数学の基礎に目を向けたのは、ヒルベルトが初めてではありません。 だいたい、数学の議論に明け暮れた古代ギリシア人は、「証明する」ということを考え出した事実一つをとっても、驚異的なほど数学の基礎に目を向けていたと言えるでしょう。 また、16,17世紀に数学が大きく発展した時期も、そのような時期がありました。幾何学に方程式を持ちこんで数学を革新的に変えたデカルトは、「精神指導の規則」(Regulae ad directionem ingenii)という著書の中で、『「順序と尺度」について探求がなされる一般的な学問』を「普遍数学」と呼び、その必要性を説いていました。この思想はデカルト以前からあり、また、デカルト以後にもありました。
数学が大きく発展する時には、これくらいの大風呂敷が必要なのかもしれません。 数学はこれからどこへいくのでしょうか? ここは一つ、数学の新しい技法を開発して、「もはや数学に解けない問題は存在しない」くらいの宣言をすれば、(もしそれができるならば)いいのかもしれません。 しかし、私の考え方は少し違います。 数学は、論理的に誤りの無いように構築されています。 しかし、私は次のように信じています。
数学が、人間のすべてを表すことができるとは思えません。 次に来るべき数学は何なのか? 論理的に正しい、それは当り前。しかし、それに加えて何かが必要、そこには論理も入りきれぬ何かがある。 そういう遠い未来を見据えながら、この13th-noteの充実を図っていこうと思います。 最後に、少しだけ具体的なことを書いておこうと思います。 2013年に、小学算数・中学数学・高校数学の教材を揃えた後は、 しかし、そのためには、この13th-noteがもっと、多くの人によって支えられていることが必要になるでしょう。 これからも、どうぞよろしくお願いします。 |